キスより先はお断り!
 モジモジするあたしに、安堂くんは驚いている。

それを見兼ねたのか、呆れていたけど、悠里の先生モードの声がした。

「……ここはダメだ、ロビーで勉強しなさい」

 この助け舟にすがらないわけにはいかない。


「は、ハイ!わかりましたっ!……安堂くん、いこっ?」

 慌ててテキストをかばんに詰め込んで、安堂くんの腕を引っ張る。


「…………」

 けれど安堂くんは、怪訝な表情で扉の前に立つ悠里を見つめていた。


「あ、安堂くんっ!」

 あたしの逃げるような声に、ようやく瞬きを始めた安堂くん。


「………うん、そうだね。すみませんでした」

 ペコリと頭を下げ、かばんをもった安堂くんの背中を押してあたしたちは早々に教室を後にする。


「…………」

 背中にはチクチクと突き刺さるような視線を感じて、悠里とは目が合わせられなかった。


 そして、ロビーに戻ったはいいけれど、すでに席はすべて埋まっていて、あたしたちは立ち往生。


「仕方ない、帰ろっか?」

 ようやくいつもの安堂くんの様子に戻ったことに安心したあたしは、頷くしかできなかった。



 塾を出れば、すでに闇に包まれていた街並みだけど、大きな街道沿いにあるので、帰り道は夜になっても明るかった。

 同じ塾生も周りにちらほら歩いていて、駅までの道のり、何人かには安堂くんと二人でいるところを見られてしまった。

これ以上悠里を刺激しませんように、と願わんばかりだ。


「美波ちゃんってさ、ウソ苦手でしょう?」

「えぇっ?なぁに、いきなり?」

 急な安堂くんの質問に、あたしはきっと眼が泳いだ。
きっとそれも気づかれていたと思う。



「……ううん、なんでもない」

 後ろめたいことがありすぎて、あたしはそれ以上何も言えなかった。



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