キスより先はお断り!
「あたしには愛想がないくせに、女の子に声かけられては笑い返すし。あたしの話には、いつも生返事だし」


 キスをするとき、決まって頭を撫でる手のひらも。
吐息の間にあたしの名前を微かに呼ぶ声も。

 触れた唇の温度も、本当は苦しいくらい愛おしい。

「たくさん、イヤなこと挙げたらキリがないけど……それも全部ひっくるめて、悠里なんだ」

 強い想いをぶつけた。

簡単に揺らいでしまう弱いあたしだけど、悠里へのキモチまで、負けたくない。


 安堂くんはふう、と深く息を吐いて、もう一度あたしに直った。


「……僕が、塾にバラしちゃっても?そうしたら、宮村先生はクビだし、美波ちゃんもいづらいよね?」

「でも、そんなことになるくらいなら、あたしが塾やめてやる!」

 挑発的な安堂くんの言葉。

もしかしたら本気かもしれないし、安堂くんじゃなくても、他の子にバレるかもしれない。

だけど、もしそうなったら悠里が傷つく前に、あたしが食い止めてみせる。


そんな覚悟だった。



「辞めさせないから」


 だから、背後から少し弾む息とともに響く声に、あたしは驚かずにいられなかった。

振り向く前に肩をぐっと引き寄せられ、あたしは何度も嗅いだあの香りに包まれる。


「悠里……っ?」

 ようやく見上げたそこには、端正な顔を持て余した悠里がいた。


「お前、よくそんな恥ずかしいこといえんな」

 悪戯っぽく笑う悠里を久しぶりに見たのだけど、それよりも、突然現れたことのほうが驚きだ。

「な、なんでここに……っ」

 あたしのみならず、安堂くんも口がぽかんと開いたままだ。

余裕綽々の悠里は呆れたようにため息をついて、あたしたちを見下ろす。


「他の生徒からの口コミだよ。お前が泣いてるってな」

 噂が流れて道端でモメてたら、そりゃ必然的に先生たちの耳にも入ってしまうか。

けど、まさか駆けつけてくれるとは思わなかった。


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