キスより先はお断り!
「眉間にシワよってるよ?」

 ネコみたいな瞳をいたずらに細めた安堂くんは、にっこり微笑みかけてきた。

カレシがいるのにドキンと反応しちゃうのは、きっと致し方ないことだ。


「……か、課題が多くって、ちょっとね…」

 まともに苛立った顔を見られたのが恥ずかしくて、あいまいに濁してみる。

クスリとひとつ笑をこぼして、安堂くんは気づいたように宙を仰ぐ。


「宮村先生ってカッコイイよね。でも、課題は鬼のようにだすもんねぇ」

 あどけなく笑っている安堂くん。


 安堂くんが言うそのカッコイイ宮村センセイってのは、悠里のことだ。

まるで自分のことを言われてるみたいで、どっと冷や汗が噴出した。


 曜日ごとに科目が異なるこの塾。

安堂くんとはデキがちがうから普段は教室が違うのだけど、同い年ということもあって、模試や定期試験直前なんかは、担当の先生が入り混じる。

だから安堂くんでも悠里を知っているってわけ。


 学力も見た目も、こんなに天と地ほど差がある安堂くんと並んで歩くだけで、今日覚えたばかりの公式が飛んでしまいそうだ。


そう思って授業を思い出すと、必然的に悠里の後姿や、ホワイトボードに字を連ねる真剣なまなざしなんかも目に浮かんで。

終いには、さっきの呆れた言動が蘇る。


 あのバカ悠里ってば……!!

ふつふつと、怒りが再びこみ上げてきたときだった。



「ねえ、もしよかったら、一緒に課題やらない?」


「……えぇ…っ?あ、あたし……?」

 思いもよらない誘い。

っていうか、なんで!?


「イヤなら断ってくれて良いよ?」

 露骨に顔にでてしまったのだろうか、それでもやんわりと逃げ道を作ってくれる甘くてさわやかな笑顔。


あ、ヤバイ。……キュンとした。




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