キスより先はお断り!
 翌日、授業が終了しても、いつも悠里と二人でいる教室には行かなかった。

その代わり、塾の広いロビーで安堂くんと向かい合いながらテキストを広げていた。


 授業が終わってからも、居残って課題を済ます塾生たちは少なくない。

中には友達と雑談する人もいたりするけれど、おかげでロビーのテーブルは早い段階で、大分埋まってしまう。

なので、こうして相席のように向かい合って勉強することは、そう珍しいことではないのだ。


「安堂くん、ココなんだけどさぁ…」

「ん?どれどれ?」

 身を乗り出してテキストを覗き込んでくれる優しさが、本当に嬉しかった。


 入塾してからずっと、あの教室で一人居残って、生徒が落ち着いてから悠里が見に来てくれる。

わからなければチェックするなりして、ただ悠里を待つだけ。


 ようやく来たと思って、遠慮なく聞いてみれば、


「授業、本当にきいてたのかよ?」


 メガネも外して襟元も緩め、完全に先生モード消失。


 面倒くさそうにあたしの話を聞いたかと思えば、辺りに誰もいないのを確認して、あたしに触れてくる。

必然と友達も作るきっかけはぐんと減るし、いないわけじゃないけど、そこまで親密になれるわけがなかった。


 もちろん、二人っきりになれば、あたしだってドキドキしないわけじゃない。

一緒にいたいとも思う。手をつないだり、それこそずっとキスしていたいくらい。


でも、塾にバレてもう来れなくなるなんてイヤだし、成績もこのまんまじゃ将来真っ暗だ。

自制しながらだけど、そんな些細な時間を大切にしたかった。


 それなのに。

そんな二人の時間を“スる”とか“シない”とか、そんなモノで計られていたなんて。


ほんっと、信じられない。



イライラが、塵のように積もる。


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