リアル
「商売の邪魔よ。それを飲んだらさっさと帰って頂戴」
「連れない物云いだな」
「これでも忙しいのよ。アンタみたいなゴツイ男が座ってたんじゃ、客足が遠のくだけよ」
 憎まれ口の応酬。私は横目で富田を盗み見る。確かに身長が170cm程度の私と大して変わらない身長の割に、富田の身体は横幅に矢鱈とデカイ。だが、決して太っていると云う訳では無い。どちらかと云うと、ガタイが良い部類に入る。
「何をチラチラと盗み見してるんだ、片桐悠也」
「人のフルネーム、一々呼ばないで欲しいね」
「何スカしてやがんだ。特攻の片桐って云や有名じゃねえか。若気の至りの名誉だと思えよ」
「昔の話だよ。それに、今は普通の中年のオッサンなんだ。昔話を持ち出されても困る。違いますか、シゲアキさん?」
「シゲアキじゃねえ。トミタジュウメイだ。お前こそ、いい加減俺の名前でおちょくるのは止めてくれねえか?」
「年の所為か物覚えが悪くてね」
「初めて捕まえた男の名前位、そのスカスカの頭に叩き込んでおけ!この犯罪者が」
「ジュウさんが刑事って云う事の方が犯罪的だし罪だ」
「ヤクザ専門の、捜査四課だ」
 他愛の無い悪口。私は適当に会話のペースを引き寄せる為に、懐から煙草を取り出して一服点ける。真冬の夜。店内の暖房が煙草の煙を霧散させる。
「そう云えば、指名手配されていた天昇会の浜本が、死体で上がったんだがね」
 グラスの中。氷がカランと乾いた音を発てる。静か過ぎる店内で、富田が私に向けて視線を寄越して来る。
「今の世の中殺人事件が無い日の方が少ないんじゃないですか?それに所詮はヤクザだ。殺されても仕方が無いさ」
「俺も、潜伏している地域の検討は付けてたんだがな、とっ捕まえる前に仏に化けやがった」
「何処かで情報が漏れた?」
「此処以外で話をした覚えはねえがな」
「ご愁傷様ですね」
 スナック空。この場所は、裏の世界で生きる人間が情報交換する為の特殊な場所だ。捜査四課の富田が、何処でこの店の所在を聞いたのかは知らないが、私と富田は付かず離れずの距離で互いを利用している。
「何処の誰か分からんが、上手く殺るもんだよ」
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