本当に愛おしい君の唇
 普通の人間の生活感覚では一食に五千円使うのはもったいないのだが、治登は別に構わない。


 金が潤沢に回っている以上、出し惜しみなどはしないつもりでいた。


 やってきたウエイトレスに、


「この豚肉料理のフルコースを二人分お願い」


 と言って、メニューを閉じ、ゆっくりと息を吐き出す。


 そして遠慮することなく、タバコをタバコ入れから一本抜き取って銜え込んだ。


 缶入りのピースをまとめて買っていて、治登はそれを自宅の自室でタバコ入れに移し変えてから、外出時には必ず持ってきている。


 値の張るものを使いたがる性分は、今になっても変わらないのだが……。


 先端に火を点(つ)け、燻(くゆ)らせた。


 料理が届くまでに少し時間がある。


 厨房の方ではマスターが自ずから肉を焼いていて、香(こう)ばしい。


 治登がタバコを吹かしていると、直美が、
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