本当に愛おしい君の唇
 おそらくあの野犬のような人間――札幌支社に飛ばした古賀原裕文だが――が、どこかしらで待ち構えているものと思われた。


 治登も直美も知らない場所で。


 確かに治登は聞いていた。


 古賀原が全く反省せずに、また本社にいたときと同じように、新聞や週刊誌などを読みながら過ごしていることを……。


 付ける薬がないのは事実だ。


 すっかり怠け癖が付いてしまっているのである。


 治登は確かに怖かった。


 刃物を持った壮年男性ほど、こっちを震え上がらせるものはない。


 治登はその夜、なかなか寝付けなかった。


 やはり心労に加えて、辺りが暑いからだろう。


 以前処方してもらっていた睡眠導入剤をカバンから取り出し、キッチンに入って、グラスに水を汲み服用した。

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