本当に愛おしい君の唇
 救急車が呼ばれ、治登の身は病院へと搬送された。


 車内では止血の意味で包帯が巻かれたのだが、もう助からないだろうと思われた。


 何せ、刺さったナイフは急所の血管を抉(えぐ)り抜いているのだから……。


 鮮血が溢れ返っていた。


 治登は救急病院のICUに運び込まれたのだが、搬送された先の病院で死亡した。


 後で新宿北署刑事課の刑事が、歌舞伎町にいた、刺殺犯だと思われる古賀原裕文を殺人容疑で現行犯逮捕したニュースが街頭で流れる。


 一応救急病院での臨終の際に、治登のケータイに残されていた着信履歴などから直美が呼ばれ、別れを告げた。


 実に儚(はかな)い恋物語なのだった。


 死にゆく治登の手をしっかりと握り締めていたのは直美で、最後まで連れ添ったと言えばそう言える。


 夏の始まりで、辺りが蒸し暑かったので、遺体が腐らないよう詰めものがされた。


 治登が死亡し、火葬の前に葬儀が執り行われたのはそれから二日後のことで、昼下がりに都内の葬祭場で厳粛(げんしゅく)に営まれる。
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