本当に愛おしい君の唇
 直美がそう言い、受付で座っていた席から立ち上がって、大きく伸びをする。
 

 スーツ下からは、女性特有の香水の甘酸っぱい香りがした。


 治登はそれを嗅ぎながら、


“やっぱ嗜(たしな)みは欠かさないんだな”


 と率直に思う。


 そして、


「先に行くから、付いてきて」


 と言った。


 これから新宿の洋食店で食事するつもりでいる。


 治登は美味しい料理が食べられる場所を知っているし、大枚(たいまい)を叩(はた)いても無駄じゃないと思えるぐらい、そこの肉料理はいけるのだ。


 おそらく普段から直美は昼食でも安いランチ店か、下手すると朝方出勤する際にコンビニで買い込んでいたおにぎりやサンドイッチなどで済ませている可能性が高かった。


 治登は食に実に贅沢だ。
< 8 / 171 >

この作品をシェア

pagetop