10日間の奇跡
俺は病室に戻った。

母さんは相変わらず父さんの名前を呼んでいた。

病室の中を看護婦たちが手術をするための移動の準備をしている。

担当医は容態をうかがって難しい顔をしている。

俺は黙って母さんに近づいた。

そして言ってしまった。

「父さん仕事で来れないって……。」

俺の言葉を聞いて母さんは父さんの名前を呼ぶことを止めて俺の方を見た。

母さんは優しく微笑んだ。
「そっ……………か………。父さ…………ん…………忙…………が………し……………い…………も…んね。雷………斗。そ…………ば………に………いて…くれ………て………………………ありがとうね。」

幼い俺はやっと気づいた。
気づかされた。

母さんが居なくなってしまうことを……。

幼い俺は泣き叫んだ。

「いやだああぁっ!!!!そばにいてよ!!!」

「か………あ………さんは……………いつ…でも…………らい………との…………そば……………………………にいる…から。」

母さんは目を閉じかけた時に呟いた。

「ゆ………う。」

一粒の涙が母さんの頬を伝った………。

ピ───────────…。

担当医と看護婦は手を止めて時間を確認した。

「8月13日午後2時佐上夏樹さん御臨終です──…。」

幼い俺は何が起きたか全く理解できなかった。

ただ一つ分かったことは母さんが二度と目を開けないこと……。
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