華の咲く場所
今まで握るだけだった彼の手を持ち上げて、頬ずりをした。

涙が彼の手についてしまったけれど、なんでもいい、彼をこの世に引き留めることができるのだったら、なんでもする。

「紅藤様、私、泣いていますのよ・・・?私が泣くと、いつも心配してくださって、でもお手上げ、みたいな顔して・・・私を甘やかしてくれるでしょう・・・甘やかしてください・・・」

真っ白な、ぴくりとも動かない彼の、見たこともないような顔を見ていることができなくて、瞳を固く閉じた。

「ねぇ、早く起きてくださいな・・・貴方がいないと、私は生きていけないのです・・・」

神様や仏様なんて、今まで拝んだことなどはなかった。

いや、あったのかもしれないけれど、自我が芽生えて早々にそんなことをするのはやめてしまっていた。

だって、そんなことをしたって、意味などないではないか、だってどんなに辛く苦しい時に拝んでも、本当に助けてなどくれはしないのだから。

でも、今この瞬間は、何者にでも、すがりたい気分だった。

神様でも仏様でも、なんでもかまわない、紅藤様をこの世から連れていくな、と。

気付くと私の肩には毛布が掛けられていて、寝台横の机にはお茶が置いてあったから、召使いのだれかが、部屋に入ってきてやってくれたのだろうけど、そんなことにも気がつかないほど、意識は紅藤様に取られていた。

ずっと同じ言葉を繰り返して、どれだけ時間がたったかわからなくなって、でも部屋の中が陽の光に明るくなってきたころ。



「しゅ・・・ら・・・」



初めて聞こえた自分以外の声に急いで顔を上げると、紅藤様が目を開いて、私を呼んでくれていた。



「しゅら・・・ん・・・」



「ここに、おりますわ・・・ごめんなさい、愛しています・・・」

私のもとに戻ってきてくれたお礼に、初めて私から口づけをした。





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