花の家
「ひ、ひどい。待ってって、言ったのに……」

 まだ一日が始まったばかりなのに、二度もこけている。

つい怨み言も出ようというものだ。

非難の目で揚羽を見上げると、彼の視線は、こちらに向いていなかった。

長い睫毛の下の瞳は、鋭く前へ向いている。

「だから、ぐずぐずしてるのは、嫌だって言ったのに……面倒だなあ」

 ぽつりと落ちた台詞は香里に対してのものではない。

辺りは、いつの間にか濃い霧が立ち込めており、彼の注意は、その白い空気の中に注がれていた。

彼が見ているものを判別しようと、香里は目を凝らす。


そして、息を呑んだ。

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