花の家
「麝香の席は……」

 朝蜘先生はそう言って教室に視線を走らせると、短く舌打ちする。

「蜂須賀、用務員室から貰ってきてくれ」

 まだ机も椅子もないなんて。

 余程、急なことだったんだろうと香里は思う。

 朝蜘先生は仕事に関して生真面目な人で、こういう類の手落ちは全くと言っていいほどない。

「先生、あの子の隣が空いてますよ」

 鈴が答える前に、転入生が涼やかな声で空席を指し示す。

 鈴の前の席……つまり、香里の隣だ。

「あそこの席の生徒は、今日、偶々欠席しているだけだ」
「ひとまずですよ、ひとまず」

 今から持ってきてもらうのは忍びないし、と揚羽は善意の塊のような笑顔を浮かべる。

 先生は表情を硬くしたままだ。

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