花の家
話を振られた多郎は、複雑そうな顔のまま頷いた。
「代わりに、ちょっとした術式なんかは覚えてるけど……」
そう言うと、くすりと笑って、智恵子は宙に指で∞のような記号をえがく。
その指の軌跡が淡く光ると、蝶になった。
文字の蝶は、ひらひらと羽ばたいて、天井に突き当たると光の粒になって消えた。
「智恵子は、綴り師としての教育を受けている」
「つづりし?」
とっさには、漢字が思い浮かばなかったが、文字に力を与える術者だと説明される。
ちーちゃんが、そんな修行をしてるなんて、聞いたことがない。
頭のなかは飽和状態で、ぼんやりと術式の蝶が消えたあたりを眺める。
「あ……揚羽くんは……?」
散った蝶の残光に、美しき異邦人を思い出した。