花の家
「貸しなさい」

 そのただならぬ様子を感じ取ったのか、朝蜘はそう硬い声色で言って、鈴が抱えていた香里を抱き取る。

 そして、そのまま地面へ下ろそうとした。

 森のただ中で人の体温を失うと、現実の世界から引き剥がされているように感じて、香里は必死になって朝蜘にしがみつく。

 怖かった。この感触を手放したら、もう戻って来られない気がした。

「館花、落ち着きなさい。今、君には何が見える」

「森が……木とか花が、見えます……」

 口に出すと、それらが現実味を増して感じられて、香里は震える。

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