花の家
 糸でくくる、とは。鈴目の耳には何とも乱暴に聞こえた。

 しかし、場の一人として、異議を唱えるものはいない。

 非難の代わりのように、向けられているのは畏怖だ。

『短刀を』

 事務的な言葉が彼の背後へ向けられる。

 その声に応えるよう戸が音も立てずに開くと、少女が小柄を掲げ持って平伏していた。

 鈴や香里と変わらぬ年頃に見えるが、その所作は良く身についたものだ。

 朝蜘は少女の目も見ずに、小刀に手を掛けると、白々と光る抜き身で人差し指の腹を切った。

 玉状に浮いた赤を口に含む。

 育ちの良いであろう彼には似合わぬ行動だったが、それ以上に鈴を驚かせたのは、口と出した指との間に引いた唾液が不透明な薄紅に染まり、しなやかな糸に変わっていたことだ。


 朝蜘蛛の糸だった。


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