星の祈り
 「そういえば、引っ越すことになったから」


そう言われたのは1週間くらい前のことだった。

明日の天気予報を見終わった母が、
「明日、寒いわよ」
くらいのノリで、こちらも見ずにそう言った。
 

 私は濡れた髪をタオルでふんわりと包みこんだ。

「いつ」

「来週の水曜日。たしか、終業式が火曜だったでしょ?」

「どこに」

「東京よ。ここって不便だったからよかったわよね」

「なんで」
とは聞かなかった。

もうこの質問は聞き飽きていた。
というよりは、聞かなくても分かっていたから。


「東京って楽しそうだね」

私はとびっきりの笑顔でそう言って、台所へ向かった。

冷蔵庫から1本のミネラルウォーターをとりだす。
 
最近、お風呂上がりにこれを飲むのが日課になっていた。

ここら辺ではどこの店でも売られているものだったが、なぜか私はこれがとても気に入っていた。
 
ほてった体が冷やされていく。

でも、これが飲めるのもあと少しになりそうだ。

もしかしたら、こんなにおいしい水にはもう出会えないかもしれない。

考えるべきことは他にあるはずだが、そんなことばっかりが頭の中をめぐっていた。



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