白の世界~last love~
あたしは振り向いて呼べとめることができなかった。
ドアを持つ手を強めた。
そしてそのまま逃げるようにして屋上を出た。
…いや。
逃げた。
何度でも謝ろうと決めてから10分も経ってない。
それでもあたしは逃げたんだ。
怖かった。
後ろを見てあたし以外の誰かに向かって微笑んでいる彼を見たくなかった。
隼人と同じ声であたし以外の女の人の名前を呼んでいる彼の声を聞きたくなかった。
……あたしの存在すべてを否定される気分になるのが嫌だった。
だからあたしは逃げた。
怖かったから。
弱かったから。
辛い目に会うのが嫌だったから。
あたしは逃げ続けた。
愛しい彼がいる屋上から。

部屋に着いた時あたしの顔は酷いものだった。
鏡なんかを見なくても分かる。
だってさっきから涙が止まらないんだもの。
…鼻水も。
小走りだったから息も上がってる。
顔も赤いはず。
…最悪だよ…。
疲れ切った体を起して窓の外を見てみるとほんのり赤く染まり始めていた。
綺麗…だけどなんか悲しいかも。
そう思ったけど体が自然と窓へと向かっていた。
縁に手をかけるとひんやりした外の空気が手に触れる。
気持ちいい…。
泣きはらした酷い顔を冷やしてくれているようで心地よかった。
少し心が落ち着いてきた頃、コンコンというノック音が聞こえてきた。
もしかしたら…と淡い期待を抱きつつ「どうぞ」と声をかける。
開いたドアの先にいたのは、
「湊ちゃん?ちょといいかしら?」
と静かな声であたしを呼ぶ鈴原さんだった。
チラッと横目で鏡を見ると目の腫れも治まってきていた。
「何?」
「…先生が呼んでるわ」
嫌な予感がした。
するとそのことに気付いたのか鈴原さんがそっと言った。
「大丈夫よ。悪いことじゃないから」
あたしはその言葉を信用することにした。
「分かった」
そして鈴原さんに付いていき診察室へ入って行った。

…カタッ

ドアは閉まった。








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