アリィ
「この前」
また、ノアがしゃべった。
「この前、何か言った奴がいるの、このクラスでしょ」
この前、何か言った奴。
それだけで、クラス中の視線がアリィに集まった。
あの『負けないで事件』。
それがどれほど強い印象を残していたのかうかがえる。
私も、あの日のことを思い出していた。
たしかノアは、ひとり最後まで靴箱の入り口の前に残り、誰かを探しているようだった。
「負けないで」と叫んだ、誰かのことを。
本人は、まばたきもせずに固まっている。
言葉はなくとも、答えは一目瞭然である。
「アンタなの?」
なんと答えるのだろう、なんて考えさせてくれる暇もなく、アリィは勢いよく何度もうなずいた。
こいつは考えないのだろうか。
あの発言が相手の不興を買っていたら、とんでもない目に遭わされるのではないだろうか、とか。
カナエ達の味方をすることで、周囲にどう見られるようになるのか、とか。
考えないだろうな、と思った。
それは私がよく知っていることじゃないか。
今更アリィにとって他人など、どうでもいいのだ。
あの日叫んだのだって、好きな人への告白と同じようなもので、ただ自分の気持ちを打ち明けるのに勇気を要しただけで、
周りの目など、考えちゃいないんだ。
考える必要もない。
この教室にアリィの居場所なんて私しかなくて、その私はアリィがどんなことをしようとアリィを嫌悪するだけなのだから。