アリィ
自宅マンションの敷地に入り、駐車場脇の歩道をのろのろと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「……由紀子、か?」
振り返ると、両手いっぱいに荷物を持った男が立っていた。
父だ。
父が、そこにいる。
それ以外の感慨はいっさい湧いてこなかった。
「なんだ、もう学校終わったのか」
参ったな、とうなだれて見せているが、その顔に負の感情は浮かんでいない。
「今日はな、ちょっと話があってな。豪華な晩飯買って来たんだ。
驚かそうと思ったのになぁ、失敗だ」
からからと笑っている。
今まで私達、どうやって暮らしていたっけ。
ぼんやり思い返してみたら、テーブルの上の一万円札しか浮かんでこなかった。
水曜日の一万円札。
起きて、諭吉の存在を確認し、それを手に取り机の所定の位置にしまう。
毎週の恒例行事。
私の机の中には諭吉がひしめきあっている。
諭吉がひとり、諭吉がふたり。……
数えていたら、寒いから早く家に入ろう、と父が言った。
そういえば今は冬だ。
私は父の背中を眺めながら、冬は寒いことを思い出していた。