アリィ
母が死んだのは私が四歳のときだったから、一緒にいた記憶なんてほとんどない。
夢で抱きしめてくれる女性だけが私が覚えている唯一の母で、でもその顔すら曖昧だ。
仏壇に飾ってある遺影を見ても、いまいちピンとこない。
それはニュースから流れてくる有名人の訃報を聞くのと同じような感覚で、
「母が死んだ」という事実は私にいくらかの後ろめたさを感じさせはしても、悲しみは感じられない。
知らないのだから、悲しみようがないのだ。
ただ、起き抜けのこの頭は過去へタイムスリップしていて、体に残る生温かさが消えていくのとシンクロして、
物心ついたころから今までの十年間に起こった印象深い出来事がダイジェストで、
オンボロ映写機でかしゃ、かしゃ、と繰られていくように思い出される。
生まれ持った『卑屈』という性質上、そのすべては苦々しいものばかりで、楽しかった思い出なんてひとつもない。
まだ半生とも呼べないちっぽけな長さの人生であれ、過去の時間をなぞらされることには皮膚を一枚ずつ剥がされていくような痛みが伴い、
そんなことを何度も繰り返している虚しさによって、涙は流れるのだと思う。