アリィ
「いきなりで悪いんだが、父さんな、明日は仕事で帰りが遅くなるんだ。
だから飯はひとりで適当にやってくれ」
黙々と食べていた父が、視線を弁当に集中させたまま言った。
まるで弁当としゃべっているみたいだ。
「分かった。でも、もうお金がないよ」
「もうか?ついこの前、五千円渡したばかりだぞ」
「毎日二人分のお弁当買ってたら、五千円なんてすぐなくなっちゃうの。
食事代だけじゃなくて、ほかにも生活費は必要なんだから、週に一万はちょうだいよ」
「お前、一週間に一万は使い過ぎだぞ。
金を稼ぐのがどれだけ大変か分かってるのか?」
出た。
大人ってやつは、すぐそうやって子供に有無を言わさんとばかりに労働の話を持ち出してくる。
そんな苦労など知るわけない、だって私は子供なのだから。
子供には労働を禁止しておいて、大変さだけ理解させようなんて大人のエゴだ。
自分だって子供のころは労働も知らずに大人に食べさせてもらっていたのだから、
大人になったら文句を言わずに子供を養っていればいいのだ。
……これは、子供のエゴ。
子供は大人を知らないし、大人は子供を忘れていく。
立場が違うのは分かっているけれど、その違いを思いやれるほど人間は余裕をもって生きられないものなのだ。
そんな私の哲学を、父は次のように吐き捨てて証明してくれた。
「ほら、何も言えなくなるだろう。
養われているうちは、大人の言うことを黙って聞いていればいいんだ」
私が感情に流されずに考えをめぐらせていた、その思いやりをもった沈黙を、
父は私が子供だというものさしだけで判断し、差別的な固定観念で一蹴した。
鼻が曲がりそうなほど悔しかったが、父のような考えの浅い人間にはこれ以上何を言っても無駄なので、ご飯と一緒に言葉もすべて飲みこんだ。
父は最後の一口を強引にかきこむと、偉そうに鼻を鳴らしてダイニングから出ていった。
風呂にでも入るのだろう。
鼻白んだ気分で私は穴だらけになったのり弁をほじくっている。
どちらが子供なのだろう。