愛してあげる!
「───・・・どうして?」
「どうしても何も、お前の顔「どうして、今になって気付くの?」
俺が答えようとすると、妃那は遮った。
無表情だったはずのその表情が、見る見るうちに崩れて、情けなく眉が寄る。
妃那のその表情を、俺は嫌というほど知っていた。
“泣くのを我慢するときの顔”、だ。
小さい頃はよく見たそれを見るのは久しぶりのことで、
妃那の言葉の真意を考えるよりも早く俺はその顔に囚われた。
「拓巳なんてきらいっ・・・」
「妃那───?」
「たくみなんて、だいっきらいだもん・・・っ」
妃那の様子は目に見えておかしかった。
涙は零れることはなかったけれど、その声は十分に泣き声で。
泣くのを我慢する顔は幾度となく見たけれど、
何かを耐えるような瞳を見るのがほぼ初めてに近くて、俺まで不安になった。
俺のことを嫌いだと繰りかえす妃那の手を俺はゆっくり外し、
その腰を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
妃那と近付いたことは数え切れないことあったけれど、
こうやってしっかり抱き締めたことは無かったかも知れない。
妃那の体は一瞬驚いたように固まったけれど、
俺が子どもをあやすようにポンポン背中を叩けばその緊張がすーっと抜けた。
それから耳元で小さく聞こえ始める嗚咽。
───妃那が、泣いていた。
俺は、妃那は勝手に幸せいっぱいなのだと思い込んでいた。
恋が実って好きな男と付き合えて、喜びに満ち溢れているのだと。
だからそれを応援しようと決めていたし、
妃那だって楽しそうに学園祭準備をしているように、見えた。
なのに今の妃那は俺の腕の中で小さくなって泣いていて。
「お前どうしたんだよ───?」
小さく呟いたけれど、妃那が答えてくれることは無かった。