短編集
長い夏休みが終わり、高校1年の2学期がやってきた。
畳の上に広げた制服とYシャツを手に取る。
真っ白のYシャツを着、のりの利いたブレザーを羽織り、赤く大きなリボンをきゅっと縛る。
赤みのかかった茶色のチェック柄スカートは、ベルトで長さを調節する。
鏡で自分の姿を確認し、仕上げは終了。
肩まで伸びた茶色に染めた髪は緩やかなウェ-ブがかかっている。
そろそろ髪を切ったほうがいいかもしれない。
手でゆっくり梳かしていくと、少しだが痛んできているのがわかる。
前髪をワックスをつけた手で軽く整える。
「‥‥ん、大丈夫かな。」
片手にスクバを持ち、自分の部屋を出て、玄関へと向かう。
玄関は私の部屋から遠く、障子ばかりが並ぶ長い廊下を歩いていかなければならない。
すぐに、着物を着た40代後半の女性が見えた。
私の近くまでくると、彼女は年下の私に深々とお辞儀をした。
「おはようございます、玲奈様。いってらっしゃいませ」
「おはよう」
いつもの光景だった。
私はそのまま廊下を歩いていく。
次の角を曲がれば、また別の人が私に挨拶をしてくる。
「おはようございます、玲奈様。いってらっしゃいませ」
廊下ですれ違う人はみな同色の着物を着ていて、同じ言葉を繰り返し言ってくる。
彼女達は、使用人だ。
「おはよう」
私も同じ言葉しか返さない。
めんどくささは感じるが、必ず挨拶をする。
人ならば使用人だろうが挨拶をするのが、礼儀の基本中の基本。
母がそう、私に教えてくれた。
その母は、今はもういない。
昨年の年明けにガンで亡くなったのだ。
まだ39歳という若さだった。
元々病弱であり、幼い頃は一年のほとんどを床に伏せたままで過ごしていたらしい。
私がこうして持病もなく元気に生まれてこれたのは神のお恵みがあったからともいえる。
幼い頃、母は学校にはほとんど行けず、同年代の子供と接することは母にはほとんどなかった。
寂しかったに違いない。
だから母は、私に社交性をつけようとしたのだろう。