まーくんの部屋
足音がして、扉が開く。
「お、よし、いるいる」
彼は笑顔で私の存在を確認した。
そういう彼の行動は、いちいちくすぐったい気分になる。
真面目君な感じだからかな。
一晩だけの、体だけの関係。
今までのそういうのとは違うような、錯覚を起こさせる。
見ると手にはたくさんの食材が入ったスーパーの袋を持っていた。
そしてまた彼はご立派な夕食を用意した。
あったかい白ご飯に、梅の味がする白身魚。
あとさやえんどうの炒め物と、薄い大根が乗せられたサラダ。
出来上がるまで心を震わせながらテーブルで待ち、
彼の号令と共に口に掻き込む。
「チカは勢いがいいから、作り甲斐があるな~」
彼はにこにこ笑っている。
世の中にはびこる汚れを何も知らないような、無垢な笑顔。
そんな顔を見ているとこっちまで浄化されそうで
でも同時に、こんな汚い私とは関わってほしくない感じもする。
『チカ』
私をそう呼ぶ彼のことを、私は何と呼べばいいのか分からない。
「あの…」
「ん?」
聞いてみようか。
「えっと…」
彼の顔をじっと見る。
「なに?」
「あの…
小野…さん?
でいいですか?」
ああ、どうせ一晩の関係なんだ。
今晩セックスしたら、明日には追い出されるんだ。
分かってはいるのに、この人の空気で、忘れてしまう。
おかしな錯覚ばかり。
呼び方なんて、どうでもいいのに。
「あ、呼び方?
うんいいけど。あだ名とかないし」
彼は頬杖をついた。