まーくんの部屋



足音がして、扉が開く。


「お、よし、いるいる」


彼は笑顔で私の存在を確認した。


そういう彼の行動は、いちいちくすぐったい気分になる。



真面目君な感じだからかな。


一晩だけの、体だけの関係。


今までのそういうのとは違うような、錯覚を起こさせる。



見ると手にはたくさんの食材が入ったスーパーの袋を持っていた。


そしてまた彼はご立派な夕食を用意した。



あったかい白ご飯に、梅の味がする白身魚。


あとさやえんどうの炒め物と、薄い大根が乗せられたサラダ。



出来上がるまで心を震わせながらテーブルで待ち、


彼の号令と共に口に掻き込む。



「チカは勢いがいいから、作り甲斐があるな~」


彼はにこにこ笑っている。


世の中にはびこる汚れを何も知らないような、無垢な笑顔。


そんな顔を見ているとこっちまで浄化されそうで


でも同時に、こんな汚い私とは関わってほしくない感じもする。



『チカ』


私をそう呼ぶ彼のことを、私は何と呼べばいいのか分からない。


「あの…」


「ん?」


聞いてみようか。


「えっと…」


彼の顔をじっと見る。



「なに?」


「あの…

小野…さん?


でいいですか?」


ああ、どうせ一晩の関係なんだ。


今晩セックスしたら、明日には追い出されるんだ。


分かってはいるのに、この人の空気で、忘れてしまう。


おかしな錯覚ばかり。



呼び方なんて、どうでもいいのに。


「あ、呼び方?


うんいいけど。あだ名とかないし」


彼は頬杖をついた。



< 26 / 74 >

この作品をシェア

pagetop