君が、イチバン。

彼女の言葉に一瞬怯んだのは本当で、鈍い痛みを伴う緊張が走り抜ける。この状況に『はい』と頷ける訳がない。ズカズカと入っていける空気の読めなさがあったら今すぐここに降りて来て欲しい。


「いえ。かまいません」

即座に営業スマイルを作って丁寧に頭を下げた。


「お財布を預かって貰ってるんですけど、良かったら本宮さんに言っておいてもらえますか?」


本宮さん、それは瑛ちゃんの名字だ。久しぶりに言ったな、と頭の隅で茶番劇のように眺める。
『何でもない関係』を上手く演じているのだろうか。


「そう?分かったわ」

グロスに濡られた唇が満足気に上がるのを見てから、もう一度頭を下げて、背中を向ける。



階段を駆け足で降りて、その間一度も後ろを振り返らない。


鼓動が早くて、心臓が痛い。


あの人がもしも瑛ちゃんの『大切な人』ならいけないから。この痛みなんて知らない。

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