私の兄は、アイドルです。
「何の事だよ。
…………あぁ、あの時の事か……」
豊の言葉を聞いて、
脳裏に浮かぶはあの日の出来事。
─────
──あの日の夕方。
社長の車に乗せられ、
ホテルのレストランに向かう途中。
俺は車中で、
『ソロ活動をしないか』
と再三誘う社長に、そろそろ嫌気がさしていた。
早く帰って、音遠の手作りハンバーグも食べたいしさ?
この日は、俺のソロ活動の話を正式に断る予定だったんだ。
……けれど。
信号が赤になり、
交差点で車が停車する。
こうるさい社長と話すのももう面倒で、フッと窓から車外を眺めた。
大きな交差点を行き交う人々。
……正直羨ましいな、と思う。
楽しそうで、自由で。
芸能人じゃなかったら、
俺もそうやって自由でいられたのかな……
……でも、幼かった音遠の『願い』を叶えるためだから。
……後悔はしてねぇんだ。
スモークの貼られた窓からキョロっと辺りを見渡すと……
あー……楽しそうに手繋いでるカップルがいるよ。
横断歩道の真ん中で、
初々しそうに手を繋いでる男女が見えた。