妖不在怪異譚〜船幽霊〜
船幽霊
釣り舟の町人
秋の風がすすきの穂を揺らし、虫の声が鳴り響く。
すでに高く登った満月は、白く川面を照らしていた。
…その中を進む、一艘の小さい舟。
「ふう、また持っていかれちまったか。」
男はそう言って、何もかかっていない釣竿を持ち上げた。
…鼠色の着物を着た、彼の名は与平。
町の裏手にある蕎麦屋の主人で、無類の釣り好き。
今日も早々に店を閉めて、この深川へとやってきたのだが…、
しかし、成果はいま一つだった。
船べりに下げた魚籠(びく)の中を覗いてみても、小さなドジョウが一尾だけ。
「場所をかえてくれないかな。」
恨めしげに水面を睨みながら、船頭に声をかける。
すると今まで煙管をくわえていた船頭は、彼に向き直って奇妙なことを言い出した。
「旦那、折角だがね。この川は何処へ行っても駄目だと思うよ。」
「そりゃあ一体、どういう意味だい?。」
驚いた与平が目を丸くさせると、その船頭は水辺から櫓を引き抜いた。
「銀太郎の仕業だよ。」
「銀太郎?。」
おうむ返しに尋ねると、その長い櫓を遠く川下へ掲げる。
「海からやってきた大きな亀でね。ここら辺の魚を食い荒らしちまうんだ…。」
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