妖不在怪異譚〜船幽霊〜
まさか、記念すべき初めての航行で、水死体を発見してしまうなんて…。
「まったく、ついてないよなあ。」
ブツブツと言いながら、彼はTシャツを脱ぎ捨て、海へと飛び込んだ。
…少し太めの体が、大きな水しぶきを挙げる。
「おおい、大丈夫か。しっかりしろ!。」
返事がないと思った少女は、しかし死んではいなかった。
「う…、うーん。」
どうやら意識もあるようで、急いで抱きかかえると、ヨットへと引き揚げた。
人口呼吸を施す間でもなかったが、グッタリと船の上に横たわった少女。
…歳は十四・五だろうか。
肌にまとわりついた着物は赤い花柄で、時代劇の衣装を思わせる。
「とにかく、どこかへ寝かさないと。」
再び抱き上げようとした伸也の腕を、しかし彼女の手が握った。
「ここは…どこ?。」
…細くてか弱い力だった。
「良かった。気がついたのか。」
伸也は笑ったが、少女は顔色を変えることなく、また囁く。
「ここは、どこ?。」
「…え。どこってヨットの上だけど。君は海で溺れていたんだよ。」
「溺れていた?。」
驚いた顔をすると、半身を起こして周りを見渡す。
そこが海の上であることを納得して、なぜか安堵の表情を浮かべた。