妖不在怪異譚〜船幽霊〜
「お陰で魚たちは、岩に隠れて出てこない。だからな、釣れるわけがないのさ。」
少し白髪混じりだが、どこか険しい船頭の横顔。
明かりに照らされた、その表情には、悲しげな色が浮かんでいる。
…いや、諦めか。
そんな船頭を見やりながら、与平はおずおずと切り出した。
「だったらよ。その銀太郎とやらを釣りあげちまえばいいんじゃねえか。」
「…え?。」
これには船頭が逆に、目を丸くさせた。
「奴を釣りあげるなんて、そんなことが出来るのかい。」
「まあ。出来るかどうかは置いといて、やってみるだけの価値はあろうよ。」
そう応えて、釣竿を挙げながらニヤリと笑う。
もともと釣りを十年もやってきて、腕には多少の自信がある。
両手に余る大きさの魚も、今までに何尾も釣りあげてきたからだ。
もっとも亀を釣るなんて初めての経験だが、同じ水の生き物ということに違いはないだろう。
「なあに、大丈夫さ。きっと釣れるよ。俺を信じなって。」
不審がる船頭の肩を押して、川下へと指を差す。
…水面いっぱいに映る、満月のまるい光。
その上を滑るように、二人の乗る舟は、流れに沿って進んでいった。