妖不在怪異譚〜船幽霊〜

心地よい夜風を受けながら…、

やがて舟はより視界の開けた、浅瀬へとたどり着いた。

浅瀬とはいっても、ゆうに深さは人の高さほどもあるだろう。

あちこちから沸き上がる水泡が、何やら不気味さを醸し出していた。

「あそこら辺さ、銀太郎が潜んでやがるのは。」

船頭は櫓を止めて、その一角へ指をさした。

突き出た岩の周りに渦が巻いているのが見え、ゴボゴボと荒い息遣いが聞こえてくる。

「…さてと。」

言いながら与平は、しばし思案に暮れた。

「亀を釣りあげるには、一体どうすればいいんだろう?。」

持っている糸や針では、おそらく引き上げることも出来ないだろう。

「餌はこのドジョウを使えばいいとしてな。」

魚籠の中の一尾を覗き込んだとき、船頭がおもむろに声をかけてきた。

「それだったら、この糸と針を使いなよ。」

「え?。」

驚いた顔で振り返れば、その手には、ひときわ太い糸と大きな針が握られている。

まるでこのときのために誂えたような感じだ。

「実はな、お前さんのような気骨のある者を待って用意していたんだ。
これならきっと、奴を釣りあげることが出来るさ。」

そう言うと、先ほどまでの険しい顔が、嘘だったかのように緩んだ。
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