妖不在怪異譚〜船幽霊〜
辺りにはまた、静寂が訪れる。
気づけば月も高くのぼり、幾分か小さく感じた。
その月明かりの下で、与平は舟べりへと、気絶した亀をたぐり寄せる。
よく見れば人並みと思ったのは気のせいで、その半分ほどの大きさだ。
「何だ、捕らえてみれば何とやらだ。なあ、船頭よ。」
振り返ってみるが、そこに船頭の姿はない。
「…あれ?。」
与平がぐるりと、周りを見渡したとき、
…パシャリ。
一尾の鮒(ふな)が嬉しそうに、月明かりの水辺の上を跳ねていった。
「こりゃ、うまく乗せられちまったかな。」
与平はひとり釣り舟の上から、その後ろ姿を見送った…。
『釣り舟の町人』終。