妖不在怪異譚〜船幽霊〜
「いったい、これは?。」
気づけばいつの間にか目の前に、一艘の白い客船が停まっている。
彼らを照らしたのは、その船体から洩れる明かりだった。
不思議なことにその光は、船全体を包みこんでいるかのようである。
「…え?。」
さらに礼一はその船体を見て、驚きの声を挙げた。
その客船は昨日まで、彼らが乗っていた船だったからだ。
『アルステーデ号』
さほど大きな客船ではないが、まるで貴婦人のように美しいシルエット。
しかしその船体は、海に沈んだはずである。
真っ二つに割れて、灰色の海の底に…。
仄か誰もが呆然と見つめる前に、甲板から縄ばしごが落とされた。
(どういうことだ。船は沈んでいなかったのか?。)
改めて船体の飾り文字を見るが、間違いはない。
しかしそんな疑問も、今の状況が彼方へと押しやった。
…いまは助からなくてはいけない。たとえ船がこの世のものではなくっても。
礼一たちは何とかボートを船に寄せると、その縄ばしごにしがみついた。
周りを見渡せばボートは数隻あり、乗客はみな無事のようである。
ギュッと縄ばしごを掴んだとき、いつの間にか嵐も波もおさまっていた。