べとべとに溶けるほど
湿気と、危うさがじとりと付き纏って離れません。

息苦しさを紛らわすために、私は咄嗟に声をあげました。

「お先にどうぞ。」

数刻の後。

「くすっ。」

あるはずもない返答を待っている自身の現状が、どうにもおかしくて、私は堪らず笑ってしまいました。

お先にどうぞ、なぞ。

なんと酔狂な。

緊張の糸がほつれ、冷静に周りを見渡してみると、私の上っ張りの袖が、どこでどうしたものか、勝手口の戸の角に引っ掛かっておりました。

丁寧にそれを取り外すと、さらに私から笑みが零れていきました。

大きく深呼吸してから、地下足袋を揃えると、私はすっかり落ち着いた心持ちで邸宅内へと足を運んで行ったのでした。
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