べとべとに溶けるほど
「失礼ですが。」

事務室の縁を叩くと、私は怪しまれぬよう、言葉を選びながら、丁寧に相手に訪ねました。

「山口先生は今、お見えではございませんか。」

「は?」

事務員の返答は私の見越した通りでございました。

「山口…山口とは?」

「山口文殊先生でございます。」

私がそう答えると、事務員は数秒黙って、怪しむように私の瞳を覗き込んでおりました。

ただの思い違いかもしれませんが、相手を騙し、一片でも疑いがないかと怪しみ観察する私には、相手もまた、私に同じ眼を持って臨んでいるような気がしたのでした。

そうすると、妙な緊張感が私を襲い、ぽつぽつ沸き出す汗が、背中を濡らすのでした。
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