べとべとに溶けるほど
「あー、あの文殊先生ね。最近ではまったく顔を見ないねぇ。」

格段、疑わしい返答ではありませんでしたが、私はその一言一句に更に増していく緊張感を持って、注意深く相手を見つめながらも、そんな本心を直隠し、警戒を悟られぬよう、気さくな素振りを見せながら、私は話を続けました。

「そうですか。それでは山口先生はどちらに行けば逢えるのか、心当たりはございませんか?」

「そうですなぁっと。ところであんたはどちら様だい?」

訝しげな様子の事務員の、先程と同じ視線を感じた気がして、私の背中はまた更に、じとりと濡れました。

警察の者である、と言ってしまえば、余程に今後の捜査が円滑になるのは確かなのですが、それでは今までと同じく、限られた情報しか得ることが出来ないかもしれません。

私は更に、更に沸き立つ背中の汗を感じながら、決意に唾を飲み込むと、返答にと口を開いたのでした。
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