べとべとに溶けるほど
幾度なく感情の揺籠が、前から後ろへ右から左へ。

いよいよと逃げ腰になった私は、ついにその場を離れることに決めたのでした。


期待と進展の可能性を、仄めかしながら。


臆病と現状の焦躁を、噛み締めながら。

その時です。

「あの…」

「へっ?」

「うちに何か御用でしょうか。」

鈍色の空から落下してくる雨粒をぼんやりと見つめていた私の両眼が、きゅっと引き締まると、すぐさまその視線は真正面、邸宅の玄関を捉えました。そこには、女性が一人きり、凛として立っているのが確認出来ました。

雨を煩わしがる様子もなく、背筋を伸ばしきった堂々とした姿勢には、こちらへの警戒と、警告を彷彿させます。

顔を見やると予想通り、強張った頬がその旨を伝えていました。

私は臆しました。

女は、明らかに不審がり、厳格に眉を上げているのですから。

しかし、その顔は。


その顔は。


不覚にも、私はその顔をまじまじと見つめてしまい、惚けていたことに気が付いたのは、女が咳払いをしてようやくだったのです。
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