サクラ

 厳しく注意はされないと判ってはいても、やはり刑務官の足音は気になる。

 時折通る刑務官の目を盗みながらする読書は、なかなか頭に入らない。
 
 難解な小説も残り三分の一となったところで、作業止めの時間になった。

 午後四時。

 夕食。

 今夜は中華風旨煮と冷えた焼売が二個。それと、お浸し。腹を膨らますには充分な量だ。

 食事時になると、収容者達が食事の残飯をくれたりするから、鳩がやたらと集まって来る。

 拘置所に居着いた猫も、雨に濡れながら窓の外でミャアミャア鳴いている。

 そっと窓を開け、鉄格子の間から、一握りの残飯を鳩にやろうとした。

「梶谷」

 声の方に振り返ると、担当が笑みを浮かべながら、駄目だぞと首を横に振る。

 私は苦笑いをし、頭を軽く下げた。

 私より一回り以上若い職員だが、今迄の担当の中では、彼が一番いい。

 何より、笑顔が刑務官らしくない。

 食事の片付けも終わり、夕点検が終了し、五時になると布団が敷ける。

 一日中座りっ放しだと腰に堪えるから、横になった瞬間が、ものすごく気持ちいい。

 そういえば、今日は水曜日だ。

 毎日彼女の放送を聞かせてくれれば嬉しいのだが、曜日毎に番組を決められているから仕方がない。


 週に一度の逢瀬か……


 などと、私は柄にもなく気持ちを少しだけ華やかにさせていた。



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