サクラ


 放送が終わってすぐ、私は布団を便器側に二つ折りにし、壁に寄せてあった小机を引き寄せた。

 私物が入れてある篭の中から便箋を取り出し、私は無我夢中でペンを走らせていた。

 それは、殆ど衝動的とも言える行動であった。

 消灯時間になれば、いやでも布団の中に入らねばならない。

 こっちの都合など一切関係無い場所。

 仕方ない。囚われの身なのだから。

 布団の中で、私は書きかけの手紙の続きを何時間も頭の中で綴っていた。

 書きたい事が、後から後から湧き出て来る。

 感謝の言葉をこれほど思い浮かべたのは、ひょっとしたら初めての事かも知れない。


 そうだ、今度は何か曲をリクエストしてみよう……

 演歌や歌謡曲じゃ、あの番組の雰囲気じゃないし、かと言って流行りの曲でいいなと思う曲なんて……


 そんな事を延々と考えているうちに、私は自然と眠りについていた。

 久し振りに、本当に久し振りに、私はあの夢を見ずに深く眠りの底に落ちる事が出来た。



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