サクラ
さほど広くない家の間取りだったと思う。
とにかく、その辺の記憶がすっぽりと抜けているのだ。
はっきりと記憶しているのは、私に気付いた家人と揉み合いになり、気が付いたら手に血の着いた包丁を握りしめていたという事だけ……
包丁がその家の台所にあった物だとその後の調べで刑事に言われて、
ああ、そうだったのか
と他人事のように思い出す位、その辺の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
最初に私が刺した被害者はその家の主人で、何処をどう刺したかも定かに記憶していない。
しかし、その後の事だけは、はっきりと脳裏に刻まれている。
騒ぎに気付いた他の家族を私は次々と刺し、しかも、冷酷な程、何度も被害者達を刺していた。
噴き上がる血飛沫。
泣き叫ぶ悲鳴。
断末魔の呻き。
助けてくれと両手を合わす老母の首に、私の容赦無い包丁が突き刺さる。
暗闇の中であるのに、私にははっきりと彼らの鮮血が見えた。
血のぬめりを両手に感じて行く程に、私は殺戮する事を繰り返した。
息も絶え絶えな家人へ、更なる刃を突き刺す。
若い妻女のわななきに、欲情すら湧いた。
突き刺さる肉の感触が、柔らかい女体を感じさせ、私の興奮は頂きへと向かう。
四つの屍を見下ろし、少しずつ正気を取り戻した私は、そこに自分の未来に絶望が生まれた事を漸く知ったのである。