サクラ
以来、私は安眠というものを忘れてしまった。
深い眠りに着けば、あの夜の光景が私を追い掛けて来る。
阿鼻叫喚の地獄の中で、私の足に縋り付いて助けてと拝む妻女。
念仏を唱え、私が振るう包丁の恐怖から逃れようとする老夫妻。
必死で私の凶行から家族を護ろうとし、無念の思いを血の中に沈めた若い主人。
歳月とともに、彼らはより大きくなって私の夢枕に立つ。
あの夜、私が幻聴と思った泣き声が、若夫婦の幼子のものだったと知った時、心の底から涙を流した。
贖罪の涙……もあったかも知れない。
しかし、それだけでは無い複雑に絡み合った感情が、激涙を呼び起こしたのだ。
そして、うなされる夜は、私から何年もの長きに渡り、安息の夜を奪い続けて来た。
それが、ほんの少しばかり、本当にささやかではあるが、安らぎというものを思い出し始めたのだ。