サクラ

 言葉の無い時間ばかりが無情に過ぎて行く。

 この場所の時間は限られている。

 何か言葉を……

 と互いに思いながらも、なかなか出て来ない。

 傍らの刑務官が、ちらりと腕時計を見た。

 その仕種に気付いた弟が、鼻を啜るようにして口を開いた。

「俺に似て、別嬪になったべ……」

「……う、うん」

「もっと前に来たかったんだけど、いろいろあって……」


 みなまで言わなくともいい……

 判ってる、判ってるよ……


 そう言って上げたくても、私はただ頷くしか出来なかった。

「来月……結婚するんだ」

 弟が嬉しそうに言うと、多恵子も大きく頷いた。

「で、こいつが、いきなり電話掛けて来て、兄さんに会いたい、結婚の報告がしたいって……言い出したらきかない奴だから」

「よかった……うん、よかったね……」

「ありがとう、伯父さん……」

 言葉がまた続かない。

 私の肩に刑務官の手が乗せられた。

「時間が過ぎてるから、最後に何か言ってやれ……」

 眼鏡の奥から温もりのある眼差しが私を包む。

 刑務官に頭を下げ、私は最後にしっかりと多恵子の顔を目に焼き付けようと、溢れ出る涙を何度も手の甲で拭った。

「多恵子ちゃん、ありがとう。幸せにな……達夫、よかったな……」


 そう言って、二人に向かい深々と頭を下げた。



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