サクラ
その時と、同じ空気の重さだ。もうすぐ、廊下側の窓が目隠しされる筈だ。
壁にもたれながら、まるで自分が執行されるかのように緊張した気持ちを鎮めていた。
案の定、段ボールの目隠しがされた。
程無くして、靴音が幾つも響いて来た。こっちに近付いて来る。
心臓の鼓動が、自分でもはっきりと判る位に高鳴っている。
足が止まった。
息を殺し、扉に差し込まれる鍵音に耳を澄ました。
ガチャガチャ
その音の余りの大きさに、私は思わず自分の房の扉を見た。
閉まったままだ。
重々しい音とともに開けられる扉。
私はそっと自分の扉に身体を寄せて、耳をピタリと付けた。
「……番、出なさい」
称呼番号がはっきり聞き取れなかった。
廊下にスリッパを置く音が鳴る。
不気味な程に周りは静かで、今執り行われている動きだけが、やたらと鮮明な音を響かす。
連行する刑務官達の息使いや、きぬ擦れの音までもが、まるで浮き立つように伝わって来た。
「ごくろうさんでがす」
老囚の声。
落ち着いた声音。その声の持ち主の顔がすぐに浮かんだ。左隣の住人。
温和な目をした老人で、少し腰を曲げて歩く、朴訥な農夫を思わせる人だった。
この前の食事会では、私の隣で炒飯を味わうように食べていた。ビデオを観てた時には、笑う場面なのに彼は何故か小さな目に涙を溜めていた。
「次は、何を観せて貰えるんでしょうかね」
私のぽつりと呟いた言葉に、
「観れたら、いいんでがすけんども、ね……」
と、東北訛りで答えた彼のスリッパの音が、ゆっくりと遠ざかって行く。
舎房棟の扉が閉まる音が微かに聞こえ、そこで全ての音が消えた。
一瞬の静寂の後に、凝らしていた息を吐き出す音が、一斉にあちこちから漏れた。
「観れたら、いいんでがすけんども、ね……」
力無く笑った老死刑囚の顔が、数日、私の頭や心に、ぺったりとへばり付いた。