サクラ
初冬の夜
「しっかし、いくらおねえちゃんは付きませんからって、こんなオッサンしか来ないようなおでん屋で一杯とは、ちぃもなかなかの趣味だな」
「冬はおでんっしょ。で、熱燗できゅうっと、日本人でこの良さがわかんないなんて、わたし、そっちの方が、ぜぇんぜん理解不能!」
「んな事言ってっから、婚期逃しちまうんだぜ」
「何よ、せっかくわたしがご馳走してんのに、そういうセクハラ発言かぁ?まあ、ダイさんからセクハラ取ったら、残るのはそのメタボなお腹ちゃんだけでちゅもんねぇ。あ、酒が無い。
おばちゃん、お銚子ちょおだぁい、二本!」
「飲み過ぎだぞ」
「なぁに言ってんの。こら、ダイ。飲め」
「行き遅れのアラフォー風情に酒で負けたらお天道様が西から昇っちまうってんだ、べらぼうめ」
「ダイさん、いつから江戸っ子になったの?確か、在所は千葉は房総の……」
「いいの、ご先祖様が江戸っ子なんだから。ほら、来たぞ。飲め、ちぃ」
確かにこの店に入ってからかなり時間が経っているが、実際にはそんなに二人とも飲んでいない。
千晶の酔っている姿も見掛けだけで、本当は酔っていない事など、大越にも判っていた。
千晶に合わせてはいるが、大越にはお見通しだった。
酔ったふりをする千晶の気持ちが判るからこそ、大越は自分も酔ったふりをして付き合った。
そして、大越がそうやって自分の酔った姿に付き合ってくれている事を千晶自身も判っていた。