サクラ
六月の中頃に届いた一通の手紙の時も、それを番組で読み上げるかどうかで大揉めになった。
「さすがにこいつは電波に乗せられないぜ」
番組の編成部だけでなく、普段なら千晶の好きにさせてくれていたディレクターの大越までもが異論を唱えた。
「リスナーへの影響を考えたか?」
「勿論」
「勿論て……あのな、公共の電波から何かしらのコメントを発信するって事は、その全てに責任を負うって事なんだぜ」
「それも判ってる」
「差出人の名前、きちんと調べたのか?」
「それもイエス」
返す言葉を失ったとでも言いたげな大越は、
「新人の頃から絶対に自分の意見は曲げなかったからな……。好きにしろ」
「ありがとう、ダイさん。恩に着るわ」
「その囁きで、俺を何度篭絡させるんだ」
「お望みなら何度でも」
苦笑いをしながら、大越は最後に念を押した。
「言っとくが、今回限り。次は無し」
「判った。サンキュー」
千晶は手にしていたその封書を改めて見つめた。
流れるような筆跡。
麻宮千晶と書かれた自分の名前をこんなにも美しく書いて貰ったのは、初めてかも知れない。
差出人名の下に、小さな花びらのスタンプがある。そのスタンプは、十数枚の便箋それぞれにも押されていた。
花びらの形は、五弁の花びらで、一目で桜を象ったものと判る。その花びらの意味が何であるか、初め、千晶には判らなかった。
それが何を意味するものかを教えてくれたのは、大越だった。
「これは、検閲のマークだ」
「検閲?」
「刑務所とかのな。ああいう所では、手紙は全て検閲されるんだ。その時に、OKならこういうスタンプが押される。
書かれてる内容とか、便箋の枚数からすると、刑務所じゃなく拘置所だね」