来栖恭太郎は満月に嗤う
如何に知能が低くとも、獣には本能というものがある。

頭では理解できなくとも、代わりに本能が悟らせるのだ。

目の前に立つ者が、己よりも強いのか弱いのか。

このまま対峙していて、己が生き延びられるのか否か。

その体躯、闘争本能からして、恐らくはこの樹海の生態系の頂点に君臨していたのであろうこの狼も、遂にその矜持を曲げてまで、俺に屈服しようとする。

野生動物は、何よりも生き延びる事を重要視する。

命を捨ててまで己の誇りや矜持を守ろうとする生き物は人間だけだ。

意外なほどあっさりと、狼は抵抗の意志を捨てて牙をおさめる。

しかし。

「そらそら、どうしたどうした!」

俺は鞭を振るう手を止める事はなかった。

既に刃向かう気をなくし、無抵抗になり、尻尾すら巻いている狼に対し、身を引き裂くほどの鞭打を振るう!

悲鳴すらも上げなくなり、全身を鮮血に染め、狼はぐったりと地面に横たわる。

これ以上の鞭打ちは、この狼の命をも奪うであろう。

が、それでも構わん。

刃向かった者をいたぶり嬲るという加虐の愉悦に興じていた、その時。

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