来栖恭太郎は満月に嗤う
今宵はリルチェッタを乗せていない。

速度に加減は必要なかろう。

木々が生い茂り、お世辞にも乗馬に適した地形ではない樹海。

その間を、常人では操りきれないほどの速度で走らせる。

自分で言うのも何だが、俺の手綱捌きは並みではない。

どんな入り組んだ地形だろうと、愛馬を御して全速力で駆け抜けさせる自信はあった。

地面の窪みを飛び越え、湿地を踏み越え、苔むした岩場を駆け上がり。

まるで平らな草原を走破するかのような速度で、俺はあっという間にいつぞやの湖へと到達した。

「どうっ、どう」

手綱を引き、愛馬を停止させる。

…思った通り、今宵は鏡の如き湖に真円の満月が映える。

月光を浴びた湖面はさざ波一つ立てず、まるで湖全体が黄金の輝きを放っているかのように見えた。

やはり来て正解だった。

漆黒の闇に彩られた光の芸術に、俺は歓喜の溜息を洩らす。

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