妖不在怪異譚〜釣瓶落とし〜
ドアを開けて階段を降りると、そこには彼女の母親がいた。
…店を手伝う商売がらか、いつも白い割烹着を着ている。
「あ、早織。ちょうど良かったわ。いまから料理を盛りつけるとこなの。あのお皿を出してきてくれない?。」
そう言って、ニッコリと微笑んだ。
「あのお皿?。」
「そうよ。お正月に使うお皿。倉の中に入っているから。」
有無を言わせず、早織の手のひらに小さな鍵を握らせた。
…正月に使う皿とは、古くから家にある高級そうな絵皿のことだ。
なんでも初代のご先祖様が、さるお武家さんから譲り受けた物らしい。
「はいはい。」
「はい、は一つ。」
「はいはい、はい。」
母親といつものやりとりをしながら、彼女は勝手口のサンダルを履いた。
…そのまま裏庭に出れば、店の隣に小さな倉がある。
漆喰も剥がれ落ちた古い倉で、木の扉に南京錠が付いていた。
「鍵なんていらないのにね。」
クスリと笑いながら、南京錠を外して扉を開ける。
…中は暗い。
スイッチを入れても、裸電球が灯るだけで、さして明るくはならない。
その電球もバチパチと瞬いて、いまにも切れそうだ。
…早織は目を凝らしながら、倉の中を覗きこんだ。