妖不在怪異譚〜釣瓶落とし〜
彼は一つ一つを確かめるように、ゆっくりとその神社を歩いた。
長く白い石段に、竜の口から水が出ている御手洗場。
社の裏手を回れば、鯉が泳ぐ池もある。
「おや?。」
その先で隆介は、ふと足を止めた。
目の前にそびえ立っているのは、一本の大きい榧(かや)の木である。
幹や枝も太く、相当な樹齢がたっているだろうか。
…よく隆介が木登り遊びをした木だった。
「まだ残ってたか。しかし、こんなに小さかったかな。」
そう言いながら、彼はその幹を手の平で撫でた。
実際にはかなり大きな木であるのだが、幼少の隆介にはそれ以上に見えていた。
よく見れば、あのときに残した名前の跡もそのままだ。
「お前と会うのも、これが最後かもしれないな。でも俺のことは覚えていてくれよ。」
感慨深けに、そう囁いたとき、
…ガラン。
何かが、その頭上から落ちてきた。
小さな鉄の箱で、塗装が赤く錆ついている。
「何だ?。」
隆介はその箱を拾いあげながら、木の上を見上げた。
…誰もいるはずはなく、鳥のような影だけが動いた。
「カラスでも落としたのかな?。」
彼は不思議そうな顔をして、その小箱へと視線を戻した。