ダンデライオン~春、キミに恋をする~
・浴衣と彦星
そして。
その日は、あっという間に来た。
今日も、うだるような蒸し暑さ。
なんとか空は晴れていて。
茜色の空が、町全体を染めていた。
――バタバタバタ……
「……おっ、お母さん!」
転げ落ちるように階段を下りて、リビングのドアを勢いにまかせて開けた。
「なあに? 椎菜、もっと静かに歩きなさい」
そうめんを茹でているお母さんが、振り返らずに言った。
あたしはそんなのお構いなしで、キッチンに立ってる母の元へ駆け寄ると手に持っていたものをズイッと差し出す。
「お願い! これ、着さしてっ」
「え?」
そこでやっとあたしに視線を向けたお母さんは、それがなにかを確認して目を見開いた。
うっ、く、苦しい!
「アンタねー……、お祭りに浴衣来てくなら早くそう言ってよ。お母さんにも都合ってもんがあるんだからねー」
「……ご、ごめん」
容赦なくグイグイと帯を締めながら、お母さんは小さな溜息をついた。
「……で?誰と行くの?」
「……」
ハッとして顔を上げると、まるで子供みたいに楽しそうにその瞳を輝かせるお母さんがいた。
“誰”と言われて、思わず頬が火照ってしまう。
「……な、成田くん」
だって、だって、これが俗に言う『初デート』ってことなのだよね?
学校の外で会うのも初めてなのに。
「この前うちに来た子?」
「うん」
ニヤニヤ嬉しそうな母の視線を避けるように、鏡を覗き込んで自分の姿を確認したその時。
――ピンポーン
わわ!
来た……。
「は、はぁーい!」
時計に目をやると6時を回ったところだった。
時間ピッタリに、彼はあたしを迎えに来たんだ。